HOME

助成対象詳細(Details)

   

2013 研究助成 Research Grant Program  /  個人研究助成B  
助成番号
(Grant Number)
D13-R-0016
題目
(Project Title)
「戦場への想像力」をひらく視座 ―近代日本における「戦争神経症」と軍隊・国家・社会
Picturing What War Has Brought to Soldiers' Mind and Body: Focusing on "War-Neurosis" in Japanese Imperial Army
代表者名
(Representative)
中村 江里
Eri Nakamura
代表者所属
(Organization)
一橋大学大学院社会学研究科
Graduate School of Social Sciences, Hitotsubashi University
助成金額
(Grant Amount)
 800,000
企画書・概要 (Abstract of Project Proposal)

 本研究は、日本の軍隊で「戦争神経症」として問題化されてきた兵士のトラウマ反応を事例に、傷病兵と国家・軍隊・社会の間に存在する様々な政治的力学を解明することを目的としている。軍事史において医学史(衛生史)は長らく軽視されてきたテーマであり、戦争神経症の研究は軍事精神医学において戦争遂行や後の戦争の教訓を得るために行われてきたが、本研究は1980年代以降に発展してきた軍隊と社会の関係を問う研究の流れに位置する。
 本研究では、情報公開制度により新たに得られた史料等をもとに戦場から内地までの戦傷病者の移動の流れを鳥瞰的に捉えるとともに、臨床というミクロな領域における軍医と戦傷病者の関係性をも明らかにする。また、軍事精神医学の治療対象である「患者」となる前後の段階にも着目し、多様な文化・社会の中に生きる「病者」のありようを描き出すことを目指している。
 以上の課題を通じて、戦争が人間の心や身体に何をもたらすのか、人々の生活をどのように変化させるのかを具体的に描出することにより、戦争を体験していない世代が多数を占める現代の日本社会においても、「戦場への想像力」を培うことができるだろう。


 The aim of this project is to explore political dynamics of the treatment of sick and wounded soldiers in Imperial Japanese Army, focusing on "War-Neurosis", which is regarded as reaction after war trauma nowadays. In the Japanese military history, little attention has been given to the medical and hygienic sphere and most of the studies of "War-Neurosis" have aimed for conducting war or learning a lesson from war. This study reconsiders the subject from the viewpoint of the relationship between the military and society in modern Japan which has been actively researched since 1980s.
 This project consists of three research subjects. The first is to give an overview of the flow of movement of sick and wounded soldiers from the front to the homeland by examining medical records which have been gained by freedom of information system. The second is to consider the relationship between patients and doctors in the clinic to look deeper into micro-politics. The third is to illustrate the experience of soldiers who suffered from war trauma outside military medicine and to consider the cultural and social aspects of the illness.
 By investigating the above subjects, this project can let the people who don't have war experience imagine what war has brought to soldiers' mind and body and how their lives have changed. 

実施報告書・概要 (Summary of Final Report)

本プロジェクトは、近代日本におけるトラウマの「発見」の歴史において重要な画期となった総力戦と「戦争神経症」をめぐる文化・社会的力学を明らかにするものである。戦争と兵士の精神疾患の問題については、第一次世界大戦時の欧米諸国における「シェル(砲弾)・ショック」「戦争神経症」を中心に研究が行われてきたが、日本が本格的な総力戦を経験した日中戦争以降の兵士の精神疾患に対する様々なケアについての研究は、近年ようやく緒についたばかりである。
日本社会においてトラウマや心的外傷後ストレス障害(PTSD)といった概念が広く知られる契機となったのは1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件であったが、それ以前の歴史においても、戦争や災害などの圧倒的な衝撃体験に傷ついた人々は存在し、様々な形で記録されてきた。本プロジェクトはこの空白の時代に光を当て、トラウマやPTSDといった概念が存在しなかった時代に、「心の傷」がどのような形で表出し、周囲に受け止められたのかを明らかにすることを目指した。
 本プロジェクトを通じて得られた成果は、以下の三点である。第一に、これまでの戦争史研究では必ずしも十分に活用されてこなかった病床日誌や恩給診断書という戦争と医療に関わるアーカイブズを利用し、「失われた精神疾患患者」たちに光を当てることができた。本研究が主な対象とした新発田陸軍病院は、内地の陸軍病院の中でも小規模な病院であったが、そのような病院であっても日中戦争から終戦までの間に約160名の精神神経疾患患者が入院していた。また、戦後の神奈川県の精神病院にも戦時中又は戦後に精神疾患を発症した元軍人が存在し、従来注目されてきた国府台陸軍病院のみならず、海軍病院や民間の精神病院など様々な医療施設に患者が存在したことが明らかとなった。こうした事例は、戦時精神医療のネットワークや患者の動態についてのより重層的な理解を可能にするとともに、地域の中に存在した/存在している戦争の傷跡を浮き彫りにするものであると言えよう。
 第二に、「戦争神経症」の時空間的考察を行った。国府台陸軍病院の軍医達は、戦争神経症患者の移動と病像変化に多大な関心を寄せた。彼らは驚愕体験後の原始的な反応とその後に時間差を伴って現れる症状を明確に区別し、前者は一過性で誰にでも起こる反応であるが、後者は医学の対象になると考えた。そして、病院は兵役免除や恩給といった患者の願望を増長させる「ヒステリーの温床」であるとした。だが本プロジェクトが掲げる「戦場への想像力」とは、このように地理的に限定された「戦場」ではない。病院に居るはずなのに敵襲に怯えたり、死んだ戦友の幻覚に悩まされる兵士、また明確に言語化はされないが様々な身体の機能障害を呈する兵士など、彼らの心身に刻み込まれた「戦場」の痕跡が存在した。これらの事例に加えて上記の神奈川県の精神病院入院患者の事例もあわせて考えると、「戦場」という空間から離れ、「戦争」という時間が終わってもなお残る傷を生み出すものとして戦争を捉えることが必要なのではないだろうか。
 第三に、治療の前後の段階に存在した、戦争と「心の傷」をめぐる文化・社会的力学を明らかにした。まず戦時中に関しては、心因性の神経症を軍隊の士気退廃・国民の精神堕落の象徴として捉える軍事医学の論理があり、上述のような患者の「願望」に対する軍医達の疑いの眼差しや、銃後社会及び患者自身の中に戦病を「恥」と考える意識があった。また戦後の日本社会においては、戦争や軍隊への強い忌避感が存在し、また精神医学界には長らくストレスを軽視する風潮があったために戦争神経症への理解が深まらなかった。さらに戦闘や公務への貢献によって査定された軍人恩給においても、精神疾患が「正当な被害」として認定されにくい構造があった。こうした「心の傷」をめぐる文化・社会的力学は、「歴史は心的外傷を繰り返し忘れてきた」(ジュディス・ハーマン)背景を考える上で非常に重要であると考える。

ホームページへのリンク ◆トヨタ財団WEBサイト内関連記事