HOME

助成対象詳細(Details)

   

2013 研究助成 Research Grant Program  /  個人研究助成B  
助成番号
(Grant Number)
D13-R-0121
題目
(Project Title)
福島原子力発電所事故によるコケ植物の生殖器官異常と遺伝的影響の検出
Changes of Reproductive Ability and Genetic Structure in Bryophyte Species Affected by the Fukushima Nuclear Accident
代表者名
(Representative)
小栗恵美子
Emiko Oguri
代表者所属
(Organization)
広島大学大学院理学研究科
Graduate School of Science, Hiroshima University
助成金額
(Grant Amount)
 1,600,000
企画書・概要 (Abstract of Project Proposal)

 植物は、通常とは異なる環境におかれると、その環境に応答して様々な生理的変化を起こす。これまで環境変化における植物の応答に関する研究は、放射線や塩ストレスの応答を調べる人工実験や、原子力発電所事故など災害による影響を調べる実験が行われてきたが、研究対象種は、生活の主体が二倍体世代の維管束植物である。本研究で扱う植物種は、一倍体世代で維管束をもたないコケ植物である。コケ植物は体表全体から物質交換を行うため環境変化に敏感であることと、世代の違いから維管束植物とは異なる遺伝的影響を受けることが予想される。そこで本研究では、福島原子力発電所事故の影響を受けた汚染地域と非汚染地域のコケ植物について、(1)生殖器官異常を顕微鏡観察と培養で確認することと、(2)マイクロサテライト解析を行い、放射能感受性遺伝子座を検出することを二年間で実施する。この2つの研究から、生殖器官異常の程度とマイクロサテライトの突然変異率は放射能汚染レベルと有意に相関して増加する結果が得られることが期待される。本研究成果は、コケ植物が放射能汚染の指標生物として活用することができるため、事故の長期影響を知る上で重要な研究になる。


 Exposure of plant populations to extreme environmental change requires adaptive responses to ensure survival and reproduction. Various species of plants, mainly vascular plants, has been investigated on some sensitivity such as radio, dry-, and salt-sensitivities. In this study, I investigate on radiosensitivity using species of non-vascular plants, that is, bryophytes. Since bryophytes lack vascular tissues and roots, most nutrients and elements are acquired from the deposition of dust, gases, and precipitation. Therefore, it is expected that bryophytes may be sensitive to rapid and extreme environmental changes rather than vascular plants. Moreover, changes of genetic structures might drastically occur in populations of bryophytes. In order to confirm those expectations, I will compare some bryophyte species from radiation-exposed and non-radiated control areas to check ability of reproduction, and to observe signs of selection in response to extreme environmental stress using microsatellite markers. Ability of reproduction and the level of genetic differentiation may correlate with the levels of radiation exposure. This study may provide fundamental data for getting to know the long-term influence of the Fukushima nuclear accident.

実施報告書・概要 (Summary of Final Report)

2011年3月11日、東日本大震災が発生し、その地震の規模はマグニチュード9.0と発表された。この地震と20 mを超える津波の影響で、福島第一原子力発電所のディーゼル発電機と炉心冷却装置は大きく破壊された。これに伴い、1号機、3号機、4号機で水素爆発が発生し、大気中に約520 PBqの放射性物質 (例:131I = 120-160 PBq, 137Cs = 8-53.1 PBq) が福島県とその近隣都県に放出された (Steinhauser et al., 2014)。福島第一原子力発電所事故(以下、福島原発事故と記す)による放射性物質の拡散により、県土面積の約71%を占める福島県の森林は広く汚染された。放出された放射性物質の中で、特に137Csは半減期が30年と長いため、福島県を中心とした日本における環境中のセシウムの除染が重大な問題となっている。
 コケ植物は、森林生態系を構成する主要な生物であり、古くから大気や水質汚染 (例:Gilbert, 1968; Kelly & Whitton, 1989; McLean & Jones, 1975; Vanderpoorten, 1999) や重金属汚染 (例:Berg et al., 1995; Harmens et al., 2010; Herpin et al., 1996; Lee et al., 2005)、放射能汚染 (例:Dragovi et al., 2004; Giovani et al., 1994; Livens et al., 1991; Papastefanou et al., 1989) など、様々な環境汚染に対する「環境指標生物」として利用されてきた。コケ植物は維管束植物とは異なり、水や養分を運ぶ通導組織を持っていないため、水や養分を植物体全体で直接取り入れることから、コケ植物は維管束植物より環境変化に敏感である。さらに、コケ植物は、土上やコンクリート壁上、樹上など様々な基物に着生し、道路脇や林中、市街地など様々な環境下で生育する。このようなコケ植物の生理学的特性から、コケ植物は、短期間の被曝であっても、植物体から直接、環境汚染の程度を分析・評価することができる。
 福島原発事故後、放射能汚染状況把握のための環境分析が行われている。福島県下に生育する植物については、穀物 (134Cs = 22-179 Bq/kg, 137Cs = 29-225 Bq/kg; Kobayashi et al., 2014) やタケ (134Cs = 15300 Bq/kg, 137Cs = 21800 Bq/kg; Higaki et al., 2014) などの維管束植物で放射性物質の汚染状況が報告されているが、コケ植物では未だなされていない。福島原発事故が及ぼした植物の放射能汚染の影響を評価するには、維管束植物だけではなく、環境指標生物としても利用されているコケ植物も用いて調査すれば、環境及び植物中の放射性物質の挙動に対して理解を深めることができると考えた。本研究では、福島原発事故の影響を受けた汚染地域と非汚染地域のコケ植物について、①生殖器官異常を顕微鏡観察と無菌培養による植物の分化過程で確認すること、②福島県下に分布するコケ植物に含まれる放射性セシウム濃度を分析し、コケ植物の放射能汚染状況を把握すること、③マイクロサテライト解析から放射能感受性遺伝子座を検出することを行うことで、福島原発事故によるコケ植物の放射能汚染状況をマクロからミクロの視点で把握することを目的とした。コケ植物も動物と同様、細胞分裂が盛んな生殖器官は形態的・遺伝的な異常が検知しやすいこと、生活の主体が一倍体のコケ植物は生活の主体が二倍体の維管束植物より遺伝的な影響を受けていることが予想される。また、コケ植物の生殖器官異常と放射性セシウム含有量、およびマイクロサテライトの突然変異率はそれぞれ、土壌や大気中の放射能汚染レベルと正の相関があることも予想される。本研究により、コケ植物が「放射能汚染の指標生物」として活用されることが明らかになれば、本研究手法で福島原発事故の長期影響をモニタリングすることが可能となる。
 2年間で得られた主要な成果としては、①福島原発事故後、福島県下に生育・生息する維管束植物や土壌生物、カエルなどの生物における放射能汚染調査は既に実施され、学術論文に公表されているが、コケ植物については、本研究が初めての調査となった、②福島県の帰還困難区域内に生育するモミの生育異常が増加していることが環境省の調査で報告されているが、本研究によるコケ植物蘚類ハマキゴケと苔類ゼニゴケの無性芽(多細胞性の栄養繁殖器官)の形態異常は検出されなかった、③蘚類ハイゴケに含まれる放射性セシウム (134Csと137Cs) 濃度は、福島県下に生育する維管束植物(穀物やタケ)の濃度と比べ、非常に高いこと、そして、調査地の空間線量率、あるいは福島第一原子力発電所から調査地までの距離との間に相関があることが明らかになった。
 本研究成果の一部は、第62回日本生態学会大会(2015年3月)の企画集会「生態系の各階層レベルにおける放射性物質の空間的不均質性と動態の特異性」で発表した。また、③の成果については、現在、学術誌に投稿中である。

ホームページへのリンク ◆トヨタ財団WEBサイト内関連記事