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助成対象詳細(Details)

   

2014 研究助成 Research Grant Program  /  B 個人研究助成  
助成番号
(Grant Number)
D14-R-0251
題目
(Project Title)
限りなくローカルな記憶を止めどなくグローバルな伝承へ ―南相馬の災害伝承に見る歴史の層間
Transforming the Exclusively Local Memories into a Unboundedly Global Tradition: Witnessing an Intercalation of History in Minamisoma's Emerging Disaster Folklore
代表者名
(Representative)
森本  涼
Ryo Morimoto
代表者所属
(Organization)
ブランダイス大学総合文化学部
Department of Anthropology, Brandeis University
助成金額
(Grant Amount)
 800,000
企画書・概要 (Abstract of Project Proposal)

約740年間続いた旧相馬中村藩の藩史には、1611年大津波が現南相馬市を含む福島県浜通りを襲い約700名が溺死とある。しかし、この記録は伝承や口承として人々の記憶に刻まれなかった。逆に1000年以上続くとされる伝統行事「相馬野馬追」は、災害を多く語らず「復興」した旧藩の世界観を体現している。東日本大震災および福島第一原発事故により多くの南相馬住民が離散し、国主体の復興イノベーション構想で計画される新たな地域産業や人口構成により、従来の生業、文化や歴史の継続が危ぶまれている。さらに、近隣での「核のゴミ」の長期貯蔵、市内での放射能/線リスクとの共存という難題は、住民の分断・分裂を招き、特に若年層の流失を促進させている。これらの現状は先の復興主義による災害記憶の消失を再現しかねない。本研究は、過去記憶されなかった歴史災害の標を3.11の爪痕に重ね、「災害の文化史」を住民と共同構築し、原子力事故と共生する南相馬が世界史に介入出来る『層間:intercalation』モデルを見いだすことを目的とする。研究成果の一環とし地域伝承の国際化の足掛りとなるバイリンガル災害史を作成し、地元中高生の英語兼郷土史教育や、市の観光ガイドとしての利活用を通じ、限りなくローカルな知見を止めどなくグローバルな伝承に転換させ広く発信、共有する。

     The official record of the former 740 year-old Soma-Nakamura Domain informs that in 1611, a great tsunami killed about 700 people in the coastal region of Fukushima (which includes Minamisoma). However, this record was not passed down to become the living memory of the present people, neither in the form of oral tradition nor in folklore. In contrast, Soma-Nomaoi, a millennium-long military training of the domain, has been thriving to strategically symbolize the domain's prosperity as a "disaster resistant region." 
     Learning from the few historical instances of the region, there are at least three current situations that are similar and thus raise concerns for the repeated failure of transmitting the experience of 3.11 into the future. First, after 3.11, many residents of Minamisoma migrated elsewhere. Secondly, the government-proposed reconstruction plan of the coastal region could catalyze significant cultural and demographic change. Finally, the invisible radiation and unstable rules of reparation associated with Minamisoma have caused the local community to disintegrate. Therefore, this research proposes to reinvestigate the past-untold disasters in the coastal region, especially in Minamisoma city in light of the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami and the Fukushima Daiichi Nuclear Disaster (3.11). The goal is to co-construct a cultural history of disasters with the residents of Minamisoma while exploring the potential of an "intercalation of history"- a type of history in which local knowledge of a given society finds an unmediated path of articulating its localness and knowledge in the international community. By transforming the exclusively local memories of living with the nuclear disaster into an unboundedly global tradition, the research explores a new method for handing down memories of a disaster and ultimately the presence of nuclear waste to a far future. 
     As its end result, the research will produce a bilingual local disaster history book, which will mark the beginning of a local-international effort to hand down a "disaster culture." The production of the book will also be useful for the local community to educate its junior to high school students in both English and in local history.

実施報告書・概要 (Summary of Final Report)

このプロジェクトは、2011311日の東日本大震災と津波、そしてそれに起因する、東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下『震災』)により甚大な被害を被った福島県南相馬市に焦点を当て、地域の歴史や震災後の歩みを世界に伝えることができるバイリンガル災害史の構想、作成を目標とした。震災以後、福島県、とりわけ浜通り地方は、日本国内外において「放射能汚染地帯」として知られることになった。当プロジェクトは汚染地帯という固定概念を超えた被災地のローカルな記憶をグローバルに発信する事を目的としながら、震災後、より顕著になった市内区域分け、個人別補償による差別化により起こった市民同士の分裂の緩和を促すツール(災害を通じ郷土の歴史を再考し、グローバルに語れるテキスト)の作成を目指した。

 現地調査より、浜通り地方の災害に関する伝承の存在が確認できたが、一般住民の認知は皆無であった。その中でも新知町(旧福田村)に残る伝承はユニークで、地元の96歳の荒さんという方が個人出版した文献にて確認することができた。内陸に鎮座されていた地蔵様が大昔津波で海から東へ数キロ離れた小山の頂上まで運ばれたという内容で、伝承される場所には現在も地蔵や地名が実在した。この伝承は2011年の震災で被害を受けた沿岸部のコミュニティーの先祖達により形成されたが、時間とともに生活の中心が内陸に移ると同時に、伝承の真実味が失われたと考えられる。この様なテキストと実際の物証と生活の変化の複雑な関係性を総合的に考えることの重要性が示されているこの伝承は、災害史作成に大事な一例である。さらに南相馬市での過去の災害に関わる伝承の調査では、1000年以上続くとされる伝統行事「相馬野馬追」が、南相馬市の地域文化の継続を強調する歴史文化的装置として重要な役割を担っており、地域の分断を伝える大災害の記録や口承・伝承は存在しないことを明らかにした。野馬追以外の歴史、文化資源は、震災により異なる影響を被った鹿島区、原町区、小高区の3区ごとに違い、南相馬市全体として合意形成を促進することは大変難しい問題であることが見えて来た。例えば20167月に避難指示が解除された小高区では、個別に自分たちの歴史や文化を伝える活動が始まっている。小高区民のアイデンティティーの再構築を目指す市民の前向きな気持ちの表れと言えるが、一方で、他の南相馬市民とは違う被害を受けたという意識をより強固にしてしまっている。震災によって南相馬市として被った普遍的被害を災害史の中心に置くことを念頭に、震災によって生まれた新たな現象、例えば高度成長期や農業の機械化、効率化によって見られなくなった生態系の復活などを中心に、地元の災害の歴史・文化、中央と地方の関係性を解くきっかけとして語ろうと試みたが、復旧・復興に関わる防潮堤の整備、災害廃棄物焼却施設の建設、汚染廃棄物の仮置場の建設などにより、その様な現象は年々見られなくなってきた。

今回の調査では当初予定としていたバイリンガル災害史の作成の目標は果たす事ができなかった。調査を通じ長期震災の影響を受けてきた地域にとって大事なのは語られて来なかった過去か、語りにくい今現在なのかという疑問が残った。しかし長期フィールド調査で得た発見や知見を元に事実に基づいたフィクションを作成する事がバイリンガル災害史の形の一つではないかという結論に至った。これは新知町の例も踏まえ、伝承で重要なのは 出来事を正しく語るよりも、長く伝わり、防災・減災、または歴史や文化の継続性の役目を果たせることにあると考えられるからだ。2016年後期から福島県や地方自治体などの震災の記録・記憶の収集と展示への興味が徐々に大きくなって来た。避難区域再編やイノベーションコースなど南相馬市が新たな変化に直面している中、市民が南相馬という場所をもう一度見直せるきっかけになるような成果物を還元できたらと思う。



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