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助成対象詳細(Details)

   

2015 研究助成 Research Grant Program  /  (B)個人研究助成  (B) Individual Research Grants
助成番号
(Grant Number)
D15-R-0206
題目
(Project Title)
戦後日本における外国人学校の法的地位に関する史的研究 ―グローバル化時代の教育制度の構築に向けて―
Historical Analysis of Legal Position of Schools for Foreigners in Post-World War II Japan: To build an education system in the time of globalization
代表者名
(Representative)
呉  永鎬
Yongho O
代表者所属
(Organization)
世界人権問題研究センター
Kyoto Human Rights Research Institute
助成金額
(Grant Amount)
 1,200,000
企画書・概要 (Abstract of Project Proposal)

本研究は、戦後日本における外国人学校の法的地位の変遷を実証的に明らかにし、そこから外国人学校を含めた今後の日本の教育制度のあり方を検討することを目的とした歴史研究である。国連・子どもの権利委員会や人種差別撤廃委員会等により、日本における外国人学校の制度保障の問題が指摘されて久しいが、多文化共生社会が標榜される今日においても、その解決の糸口は見えていない現状にある。しかし戦後から1960年代の日本においては、世界的にも珍しい公費で運営される公立朝鮮学校や、外国人学校を公教育制度内に位置付け制度的に保障しようとする外国人学校法案が存在した。これらは結果的に60年代に廃止・廃案となり、外国人学校の法的地位は各種学校という制度的周縁に固定化され今日に至るが、国民に限定されない教育制度を構築する可能性に開かれていたという意味において、極めて示唆に富む歴史的事実である。本研究では、戦後日本において、如何なる論理と交渉の下、外国人学校を公教育制度から排除する境界線が引かれ、それが如何に固定化したのかを解明し、それらの歴史から、グローバル化時代の要求に対応した教育制度構築の手掛かりを見出していく。

This study is a historical research aiming to empirically explain the transition of legal position of schools for foreigners in Japan after the Second World War and considering the way Japanese education system including those schools exists. It has been long since several bodies such as the Committee on the Rights of the Child and the Committee on the Elimination of Racial Discrimination raised concerns over the problems in guaranteeing the system for foreign schools in Japan, but even today, when the society is calling for the multicultural symbiotic form, the government has failed to find the solutions so far. However, once there were public Korean schools run at the government expense, which we can rarely find in the world, and a bill about schools for foreigners aiming to secure its legal position by putting them within Japanese public education system between 1945 and 1960s. Although these systems and bills were abolished, and the legal position of the schools for foreigners ended up being positioned and unchanged as “miscellaneous school” to date, it is historically suggestive fact in the meaning that it could have set up an educational system open to foreigners. In this analysis, I will explore the logics and negotiations which have drawn boundaries having excluded schools for foreigners from public education system and how has it been unchanged, and by analysing this process, find a way to rebuild an education system which follows the time of globalization.

実施報告書・概要 (Summary of Final Report)

〈プロジェクトの概要〉
 本プロジェクトは、戦後日本における外国人学校の法的地位の変遷を実証的に明らかにし、そこから外国人学校を含めた今後の日本の教育制度のあり方を検討することを目的とした歴史研究である。
 国連・子どもの権利委員会や人種差別撤廃委員会等により、日本における外国人学校の制度保障の問題が指摘されて久しいが、多文化共生社会が標榜される今日においても、その解決の糸口は見えていない現状にある。しかし戦後から1960年代の日本においては、世界的にも珍しい公費で運営される「公立朝鮮学校」が存続したり、極めて排他的性格を有するものの外国人学校を公教育制度内に位置付けようとする「外国人学校法案」が存在した。これらは結果的に60年代後半に廃止・廃案となり、外国人学校の法的地位は各種学校という制度的周縁に固定化され今日に至るが、国民に限定されない教育制度を構築する可能性に開かれていたという意味において、極めて示唆に富む歴史的事実である。
本プロジェクトでは、戦後日本において、如何なる論理と交渉の下、外国人学校を公教育制度から排除する境界線が引かれ、それが如何に固定化したのかを解明し、それらの歴史から、グローバル化時代の要求に対応した教育制度構築の手掛かりを見出していこうとした。
 助成期間には主に、①行政文書調査、②朝鮮学校所蔵資料調査、③関係者への聞き取り調査を行った。 学校教育法第一条に示された一般的な「学校」と異なり、周縁の学校たる外国人学校に関する過去の公文書は、行政においても重要度が低い。そのため関連文書の存在を認知していなかったり、あるいは整理すらされていない自治体も少なくなかった。しかしだからこそ、たとえ些細なものであろうとも、本調査によって確認された外国人学校に関する行政文書の存在は貴重であると言える。また外国人学校の法的地位に関しては、文部省ばかりでなく、外務省が関与していたことを示す文書を外務省外交史料館から発見することができた。
 学説的には種々の見解があるとは言え、外国人の教育権は、実質的に憲法や教育基本法の保護の対象とはなっていない(それらの主語は「国民」である)。人権のシールドが制度的に存在しないゆえに、外国人の教育を受ける権利は、政治的・外交的な論理の影響を直接的に、強力に受けるのであり、そこでは教育の機会均等や民族教育権の保障といった教育の論理は相対的に後景に退いていた、または強く機能していなかった。外国人の教育権をめぐるこうした基本的構図を明らかにすることができた。

〈成果物の概要〉
 上記の構図を、四日市市の朝鮮学校が各種学校認可を取得する過程を通して明らかにしたものが、論文「四日市朝鮮初中級学校の各種学校認可取得過程――三重県の対応に着目して」(『世界人権問題研究センター研究紀要』第22号)である。また、論文「名古屋市立朝鮮学校の設置・存続・廃止――戦後日本の公教育像を再考する」(『〈教育と社会〉研究』第27号)では、朝鮮人のみを対象とした極めて特異な公立学校の実態を明らかにすることをとおして、国民に限定されない「公」(public)と教育との関係について考察した。


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